都会に行けば何かある
自由になりたい!と家を飛び出してしまう若者が多く見られるようになってきました。若者が自分の存在意義を求めて、「都会に出れば何か見つかるかもしれない」と考えてしまうのは、時代がいくら変わっても同じですね。
その中には、ただ都会に出てみたい!という安易な憧れで走り出してしまう若者もいます。初めはワクワク感や新しい発見がいっぱいですから、楽しいことばかりかもしれません。都会に住むということが自分の普通になり、当たり前になってくると徐々に嫌気が差してくるのです。暮らしていくのに精一杯で何も他に何もないからです。
夢も持たずに家出するような人に、都会は厳しいです。楽しいと感じていたことがつまらなくなり、新しい発見もそうそうあるわけではありません。ひとりに耐えられなくなって地元に戻っていく若者の多いこと。
地元に戻っても、都会のようにキラキラしたものがあるわけでもなく、また何もない毎日に退屈し、家出を繰り返すのです。
自分で気づかないのでしょうか。まったく自分から何かしようだとか、探そうだとか考えていません。
他力本願なのです。○○に行ったら何かあるはず。××にはあるかも。
何も持っていない人間は何処へ行こうと同じです。
家出を繰り返し、何も見つけられないまま、できないまま年を重ねていくだけです。
都会の喧騒の中には、そのような若者がいつの時代にも溢れかえっているのです。何も考えずに漠然と生きる若者になってはいけません。